地域が守り続けた120年を未来へつなぐ。滋賀県最古の図書館「江北図書館」の挑戦
はじめまして!
今年から長浜航海記の船員になりました、ゆかりです。
生まれも育ちも、今住んでいるのも彦根市ですが、気づけば休日に滋賀北部の木之本で蕎麦をすすっていたり、仕事ではやたら長浜の住宅事情に詳しくなったり…あっ、仕事はフリーライターです。
長浜ってええとこやん、そう思っていた矢先、おばTさんから「長浜航海記の船員になりませんか?」と誘ってもらい、「やります!」と乗船させてもらいました。
何でも深掘りするのが大好きなので、船員の立場をフルに利用していろんなところに潜入していきたいと思います。よろしくお願いします!
突然ですが、みなさん、朝ドラ見てますか?
今期(2024年上期)の朝ドラ「虎に翼」は、日本で初めて女性弁護士になった主人公のトラちゃんが、世の中の理不尽に「はて?」と問いかけ、あらゆる人の生きづらさを解消していく傑作でして…と、違います。今日はドラマの話じゃありません。
でも、そんな朝ドラにどハマりしている私にとって「この帽子と唐草模様の服、オープニングでトラちゃんが着てるやつや!」と感動したのが、今話題の「江北(こほく)図書館」に興味を持ったきっかけでした。
日本には3000館を超える図書館がありますが、そのほとんどが公立。私立図書館はわずか18館で、全体の1パーセントにも満たないそうです(「公共図書館集計2023年」より)。
長浜市木之本町にある江北図書館は、そんな数少ない私立図書館の中でも日本で3番目に古く、滋賀県では最古の図書館。
古いのに最近話題で、なんか大きい賞も取って、クラウドファンディングとかで数千万円の寄付が集まったらしい…これは何かすごいことが起こっているのでは!?と思い、理事長の岩根卓弘さんにお話を聞いてきました!
岩根卓弘 | 公益財団法人 江北図書館 理事長
木之本生まれ、木之本育ち。2021年に江北図書館の理事長に就任。本業では、インテリア商品の販売や内装工事を行う会社を経営している。
ふたを開けたら問題だらけ!理事長になった途端ピンチに直面
レトロで雰囲気がある建物ですね〜。
今から90年ほど前に建てられた、もともと農協だった建物です。
90年!すごい!
でも江北図書館自体の歴史はもっと古くて、できてから120年間、一度も閉館することなく続いてきました。
個人が設立して、地域の人達に守られてここまで続いてきた図書館は他にはないと思います。
設立したのは、弁護士の杉野文彌さんでしたっけ?
そう。明治20年代に東京で初めて図書館に出会って感動した杉野さんが、「自分がもし成功したら、郷里に図書館を建て、青少年に勉学の場を与えてあげたい」と思ったのがきっかけでできた図書館です。
素晴らしい。じゃあ、岩根さんも子どもの頃はここで本を読んだんですか?
いやーそれがね、僕、本読まなかったんです(笑) どっちかというと、外を走り回っている子どもで。
ええっ、ではどうして理事長に?
地元の友人から「今、次の理事候補としてユニークな人達が集まってる。みんな熱い思いを持っているから、協力してくれないか」と言われて、3年前に理事に仲間入りしました。
でも当時は理事長になるつもりなんてまったくなくて。
新しい理事メンバーで集まった第1回目の会議が、理事長を決める会議だったんです。
若手に背負わせるのは酷だな…と思って僕が理事長を引き受けました。
おぉ、かっこいい!
その時はまだ図書館の現状を知らなくて。
もし知っていたら、理事長なんて絶対に引き受けませんでしたよ(笑)
えっ、どういうことですか?
まず、お金がない。
少し前までは年間数百万円かかる維持費を寄付や駐車場経営などでまかなっていたんですが、駐車場の大口契約がなくなったことで一気に赤字に転落。財産を切り崩している状態で、理事はみんなボランティアです。
もうピンチじゃないですか!
しかも建物は老朽化して雨漏りもひどく、庭は4メートルを超えるような雑草がいっぱいで荒れ放題。
えええ…それがどうやって今の姿に?
それぞれが専門分野を持った最強チーム
僕が理事長になった2021年は、たまたま理事の多くが若手にバトンタッチされたタイミングだったんです。
たとえば副理事長の平井さんは長浜市社会福祉協議会の会長で、福祉のことに詳しい。
太田さんはもともと長浜城歴史博物館の館長で、歴史の専門家。
館長の久保寺さんは古書店を経営されていて、本への愛情は誰にも負けない人です。
みなさんいろんな本業があるんですね!役割分担はどうやって?
それぞれ得意分野がある上に、前向きな人ばっかりで。「それ私がやります!」って感じで自然と役割分担ができました。
偶然集まったメンバーですが、かなりすごいチームだと思います。
チーム戦が得意な方も多そうですね!
だから僕でも成り立ってるんです(笑)
理事のみんなでまず取り掛かったのは、この江北図書館を知ること。
そして自分達の考えを言い合って共通認識を持てたら、1年かけて江北図書館の「新たな基本方針」を作りました。
それまで基本方針はなかったんですか?
漠然としたものはありましたが、古い時代のもので、図書館の将来像や具体的にどんなことに取り組んでいくかは書かれていなかった。
だからもっとわかりやすく、ビジョンを示すようなものを作りたかったんです。
前のものからどの部分を残して、何を新しくされたんでしょう?
図書館のことを知った上で原点に立ち返ると、やはり創設者である杉野文彌さんの「未来を支える子どもたちと地域に暮らす全て人たちの文化向上のために」という思いはつないでいくべきだと思いました。
でも、図書館としてこれまでの120年と同じことだけしていては、存続は難しい。
どうしたら今の時代に合った形で地域の未来に貢献し続けられるだろう。それが新しく考えた部分です。
時代に合った図書館って、どんな感じなんでしょう?
今はインターネットやスマートフォンが普及して、何かを調べに図書館に行く時代から、手のひらの端末でほとんどのことが調べられる時代になりました。
図書館は、「何かを調べる場所」という役割を一旦終えたんです。
昔みたいに、ただ本を置いて見せているだけではダメだと。
だからこれからは、本と出会って人生が豊かになる場所であり、さらには図書館という枠にとらわれず、地域の発展に貢献する場所でありたい。
そう考えて、この新しい基本方針を作りました。
図書館の枠を超えたといえば、演奏会なども開催されてますね!
演奏会は、この場所の活用方法として新しく考えたものです。
他にも、図書館が所蔵している明治時代の地図を片手にまち歩きをする「ぶら歩き」も人気のイベントです。
副理事長の太田さんが一緒に歩いて解説してくれるんですよね。おもしろそう!
こういうイベントが、本に興味がある人だけじゃなく、より多くの人に江北図書館に足を運んでもらうきっかけになればと思っています。
受賞のチャンスを最大限に活かしたPR大作戦!
それにしても、大きな賞をもらったり、クラウドファンディングを成功させたり…
どんな裏技を使ったんですか?
裏技なんてないですよ(笑)でもね、きっかけはあったんです。
おっ!聞かせてください。
基本方針に沿って活動をしていく中で、いろんなところで人の目に触れるチャンスが増えてきたんです。
メディアに取り上げてもらったり、小さな賞をもらったり。
江北図書館を知る人が増えてきたんですね!
そんな時に、「野間出版文化賞」の特別賞をいただいたんです。
決定の通知をもらったのが2022年の10月末。これは全国的に名前を知ってもらう絶好のチャンスだと思いました。
なんだか発言が策士っぽくなってきましたねぇ(笑)
もともとクラウドファンディングをやろうという話は出ていたので、やるならこのタイミングだろう!と。
12月の授賞式目がけて一気に準備して、式があったその日にクラウドファンディングを始めました。
おおっ!狙いを定めたわけですね。
返礼品には、「江北図書館 120年続くちいさなふるい私設図書館」という本を作りました。
出版社をしている堀江さんが中心になって、文章はみんなで持ち寄って、写真は山内さんに撮ってもらって。
さすが最強チーム!
興味を持ってくれた人に、より深く図書館のことを知ってもらえる仕掛けを作ったんですね。
それから広報活動にものすごく力を入れました。おかげで新聞の全国紙にも取り上げてもらえて。
うちのような古い図書館のエピソードって、新聞の購読者層にものすごく響くみたいで。
たしかに、図書館と新聞って相性が良さそうです。
記事を見た方から「ぜひ支援したい」「振込先を教えて」と電話をいただいて、そこからの寄付に大きく支えられました。
受賞を最大限に生かした結果ですね!
これまでの活動を見ていると、9人の理事以外にもたくさんの人の協力があってここまで来られたのがわかります。
人を集めるのってなかなか難しいと思うんですが、これも何か裏技が?
いやいや(笑)何でしょうねぇ。今思えば、「若手ががんばってるから、ひと肌脱いでやるか!」という地元の人が多かったんじゃないでしょうか。
イベントなどを重ねるごとに遠方の人も増えてきて、江北図書館のファンクラブもできたんですよ。
すごい!アイドルグループみたいですね!
実行部隊のような感じで、ゲストを招いて講演会を企画したり、僕らじゃ思いつかないような新しいイベントを開催したり。
いろんな形で図書館の活動をサポートしてくれています。
次は本館の大改修!ビジョンに沿った修繕を
これからの夢や、やりたいことはありますか?
実は今、本館の改修に向けての計画を立てていて。
そうか、前回の修繕はあくまで応急処置ですもんね。
今、「保存活用方法検討委員会」を作って専門家と一緒に今後のビジョンをしっかり示した上で、それを建物にどう落とし込んでいくか、考えようとしているところです。
ビジョンを建物に落とし込む…難しそう。
ただ単に古い部分を修繕するのではなく、ビジョンに沿った修繕方法があると思うので。
ただ直すのではなく、図書館が目指す姿に近づくような改修にしたいと思っています。
例えばボロボロの壁があるとして、それを補強して残すのか、撤去してイベントのできる大空間にするのか、みたいな?
そういうことです。
おそらく数億円はかかるので、できればもう一度クラウドファンディングにチャレンジしたいと考えていますし、みなさんから継続的に支援してもらえるような仕組みを少しずつ作っていきたいです。
知りさえすれば、支援したい人はたくさん出てきそうですね!
だからPRが大事なんですよね。まだまだ道なかばですが、がんばります!
ふとしたきっかけで知った図書館は、最高に古くて新しい図書館でした。
理事の方々の「ずっと変わらない軸を持ちながら、必要な部分は変え、未来に向けてアップデートしていく」という考え方は、これからの地域づくりや、日常の暮らしでも参考になりそうです。
本館改修に向けての続報は、江北図書館の公式サイトをチェック!そして何十年も前にタイムスリップした感覚になれる空間を、ぜひ訪れてみてください。
長浜航海記・船員。彦根生まれ、彦根育ち。会社員、ショップ店員を経て流れ流れてフリーライターに。オタク気質で気になる話題になると仕事を忘れて暴走しがち。カレーと猫とホラー映画があればしあわせ。